【壇蜜の旦那】漫画家清野とおるの経歴がおもしろい!!ブログを読み進んでしまった。地獄保育園、全裸男の〇〇、ケツおじさん、ヨーグルト教について

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清野とおる来歴について

少年時代
 1980年に東京都板橋区志村で生まれる。1983年から板橋区の保育園に通っていたが、そこは児童虐待を平然と行う園長と従属する副園長によって支配された「地獄保育園」であったと言う。園児は縄で縛られたり、下半身だけ裸にされ立たされたりした。清野自身もニワトリ小屋に閉じ込められたり、無実の罪を着せられ強制的に土下座させられたりした。それでも、園内の雑用をしていた園長の息子や保母さんは、園児を必死になって守ってくれたという。しかし、園長と対照的に温厚で子供好きだった園長の息子は園長の母と対立した後に園内で変死を遂げる。数多くのトラウマを残した「地獄保育園」は卒園の数年後に派手に潰れ、その後は園長も亡くなるが、葬儀の参列者は興味本位で見に行った同級生の母親含めて2人だけだったという。

地獄保育園って想像しただけでキツイですね。地獄保育園から読めます。

 1986年、板橋区立志村第四小学校入学。小学二年生の時に近所の神社に虫を捕りに行った際に、木陰から現れた全裸男の射精を目撃する。小学三年生の時にはブリーフしか履いてない変態男と路地で遭遇し、一緒に公園で走り回って遊んだりしていたが、男が公園のすべり台の上で全裸になったため、通行人に目撃され通報され逮捕された。パトカーに男が連れ去られていった光景を清野は今も鮮明に覚えているという。

これもキツい!愛すべき変態から読めます。

 1992年、板橋区立志村第二中学校入学。中学時代は給食で残ったヨーグルトを何を血迷ったのか神としてトイレに祭って、新興宗教「ヨーグルト教」を開祖したことがある。信者は他のクラスにまで拡大し、清野は「教祖」として天狗になっていたが、先生にバレてしまい、「ヨーグルト教」はあっけなく崩壊してしまった。

中学生時代から教祖様になるアイディアを出せるって才能がすばらしい。バカ男子から読めます。

まとめ

最後に、清野さんは実際に起こったことを題材に漫画を描いている珍しい方のようです。だから読み進んでしまいました。結婚生活を題材にした漫画をきたいしています。

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